志朗ニュース

タイへの恩返し

55-1

志朗が15歳で日本を飛び出して、タイの96ピーナンジムにお世話になって4年が過ぎました。
時々、当時のことを思い出して話してくれることがあります。豊かな日本で何不自由なく過ごしてきた少年にとって、練習を一緒にしている子供たちの境遇は、すごいカルチャーショックでした。
彼らの半数は孤児でした。
みんな地方からジムに売られて来た子ばかりで、バンコクに来るまで、靴を履いたことがない子や自動車も見たことがない子もいました。試合に出て、ファイトマネーを貰ってもポケットには5バーツか10バーツしか入ってないので、何に使っているのかと聞いたら、ほとんどを故郷にいる家族に仕送りしていました。両親はいなくても兄弟や親戚がいるからです。それが、お金の無い理由だったのです。
ムエタイは勝負の世界です。弱い子は、どんな家庭環境であれ、ジムを追い出されてしまいます。ジムを出て行った、その後のことは誰も知りません。96ピーナンジムの人たちは、今日を生きることで精一杯だからでしょう。志朗自身もジムで一緒に練習して、仲良くなった子をそのような形で何回も見送ったのかもしれません。

志朗が「プロになったらタイに恩返しをしたい」とぽつんと言った言葉は印象的でした。
その一言に、彼のタイへの全ての思いが詰まっているような気がしました。志朗がタイに出発する前に安積得也の「未見への出発」という詩を贈りました。昔、外国へ行くことが大変な時代に外国への旅は「未見の我」を探しに行くことでした。
今、志朗は少しずつ、タイで未見の我を生成しています。
あのジムで生活をするようになって、タイ人の嫌なところもたくさん見てきたと言います。
これからタイで何度でも、挫折を味わい、行き詰まり、失敗をすることでしょう。それは、彼の人生に強さを与えるでしょう。
しかし、その反面、強くなっていくことで、若さゆえの我がままや驕りが心の中に出てくるかもしれません。その時、今の活動が彼の慢心を抑え、心のやさしさを培う糧になっていくことでしょう。
「未見への出発」の最後には、このように書かれています。
「人間飢饉の世界が待ち焦がれているよ おまえの威勢のいい登場を」
いずれ、ムエタイの経験を生かしてタイの社会に役立つ人間に成長して、日本とタイの友好のためにがんばって欲しいと思います。

※ 今まで、何度も訪問しているタマラックの小児HIV児童保護施設とパタヤックの孤児院で、今回、初めて施設の内情を詳しく職員の方に聞いてきました。このホームページでいずれ掲載します。
また、チェンマイにあるバーンロムサイという日本人の女性が運営している小児HIV施設も見学に行ってきました。それもいずれ、ここで紹介するつもりです。
キックボクシングジム BeWell

代表 松本弘二郎

写真提供・シンラパムエタイ/早田寛

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中